<第9回「廣器会」講演会レポート>
開催日時 2024年12月12日(木)18:30~20:00(懇親会 20:00~22:00)
開催場所 (株)コーチビジネス研究所 飯田橋セミナールーム + オンライン
第9回の「廣器会」は、(株)匠Business Place代表取締役会長の萩本順三さんにお越しいただき「匠Method」について講演をいただきました。まずは萩本さんのプロフィールを紹介させていただきます。
萩本順三さんプロフィール
1990年~2000年 IT業界に入り、実践の中でソフトウェアエンジニアリングの追求を行う。オブジェクト指向方法論Dropの開発、Javaベースの分散オブジェクト技術HORB2.0の開発リーダなどを勤める。
2000年 オブジェクト指向技術を中心としたエンジニアリングをビジネスに活かす会社として豆蔵を仲間と設立。CTO、取締役、副社長などを務めながら、ビジネスとITを繋げる手法、要求開発方法論(Openthology)の初版バージョン0.6を策定。 また、 Openthologyver1.0では、プロセスとモデルを主に担当し、同じ志を持つ他の理事達と方法論を策定し、現場に拘り続け、要求開発の普及を促進する。現在も要求開発 理事として、Openthologyver2.0の開発リーダを務めている。2009年3月までの3年間、総務省行政管理局技術顧問、内閣官房IT室GPMO補佐官として政府のIT化戦略・実施マネジメント(e-japan)に携わる。
2008年7月7日 IT業界の改革を促進するために株式会社匠Labを設立、要求開発をベースにビジネスデザインメソッド(匠Method)を初期バージョンを開発し現在も進化させている。2009年7月7日、株式会社 匠BusinessPlaceを設立し社長となる。IT業界の価値を高め、ユーザ企業のビジネス活性化する独創的なサービスを提供。現在は、匠Methodをベースとするコンサル・教育等のサービスを展開している。
また、最近では、学校教育にも興味を持ちはじめ、2015年から2018年まで慶応義塾大学大学院SDM学科でのビジネスデザインの授業で匠Methodを担当、2016年から現在まで、早稲田大学理工学術院のソフトウェア工学の授業、2023年10月から東大大学院の授業で匠Methodを教えることで魅力的な社会・ビジネスを形成できる人材の創出に貢献している。2019年1月から、匠Methodをコアにおいた新たなソフトウェア工学体系「SE4BS(Software Engineering for Business and Society、ビジネスと社会のためのソフトウエア工学)」を早稲田大学鷲崎教授、永和システムマネジメントの平鍋氏、豆蔵羽生田氏と共に開発し、日本から世界に向けて発信する。
2022年 日本ビジネスアナリシス賞受賞(IIBA Japan)…匠Methodを活用したソーシャルデザイン事例等を2019年,2022年の2回、フロリダにて開催されたIIBA主催のイベントにて講演した内容が評価された。
全て勘違いから、私は始まっています。やれるんじゃないかな~、と思って始めるんですが、できないことも数多く経験しながらやってきました。志だけは高い(笑)。志が高いから、情熱が持続できるんじゃないかな、ということをずっと実感できている。このあたりが「匠Method」の考え方につながっていると思います。……
こうして、講演が始まりました。萩本さんは柔和な笑顔で私たちに語りかけます。お人柄が伝わってきます。私たちは早々に、ハートを「グッ」と掴まれます。
萩本順三さんはとてもコーチャブルな方でした!
講演は、パワーポイントのスライド資料を使って進められました。最初は、「ヒト・モノ・コトの3分野の円グラフ」です。
【匠Methodは何ができるの?(どんなプロジェクト?)】
そして、「匠Method」が目指したことは次の5つ。
- 素早く立ち上げる
- ビジネス価値が検証できている
- 実現性のリスクが少ない
- 小さく立ち上げて大きく成長
- ビジネスの変化に耐えられる
萩本さんのベースはITエンジニアです。ITエンジニアは高度な技術者であり、テクノロジーそのものの世界が想像されます。ところが、そのような私たちが抱く「普通の視点」は、早々に覆されます。この「匠Methodは何ができるの?」の次の画面からは、「知・情・意」です。講演の後、ご厚意でいただいた資料を確認すると、全40ページのうち、この「知・情・意」の画面は13ページに及んでいました。
その最初のページタイトルは、「匠Methodの思考法はDXプロジェクトにも必須(哲学者カントの知・情・意)」です。
「匠Method」は「知・情・意」から始まります
哲学者カントの「知・情・意」から引っ張ってきているんですけど、「匠Method」というのは、少し異なる解釈をしています。先ほど紹介した本の中では、「意の思考」は同じ「意志」です。「情の思考」は「表現」です。情というのは、人に寄り添う、救うっていうのがありますし、人を引き付ける、というのがあります。どちらかというと、「人を引き付ける」というところに傾斜させています。そして「知の思考」は「論理思考」ですね。「活動・アクション」という考えを付加しました。というのは、「論理ばかりやっても行動しないと意味ないよね~」ということがあるからです。
13のスライド資料の最初の2つをコピーペーストしています。ここからは、13番目までの資料タイトルを抜き出してみようと思います。3つの円である「知・情・意」が重なり合う図は同様です。それをとりまく、コメントがさまざま入れ替わります。
- ビジネスプロデューサとして身に付けるべき思考法
- お客様のビジネスを成功に導くために…
- 美しい絵(人が価値を感じるものの本質)
美しい絵の例示は「伊藤若冲」でした。ビジュアルなしでは「?」が点滅すると思うので、貼り付けてみましょう。
- 魅力のある製品とは(人が価値を感じるものとは何か?)
- 凄いモノだけではない!「日本が世界で称賛されるもの」
- 未来を創るセルフデザインの強化(自分自身のデザインも…)
- 私の知・情・意を考えてみよう
- 未来を創るセルフデザインの強化
- 知・情・意 それぞれの強化が、それぞれを強くするの意味
- 意と情が結合出来た時に起こる人の感情
- 匠Methodで共創型ビジネスを創る(3つの思考との関係)
最後の13番目は、「匠Method」と「知・情・意」のかかわりを総括する内容です。
このあたりのお話を聴くうちに、この9回目の廣器会(講演)のタイトルが輪郭を帯びてきました。「知・情・意」は古典的な言葉です。試しに生成AI(Copilot)に「知・情・意の語源は?」と質問すると、以下の回答が返ってきました。
「知・情・意」という言葉は、古代中国の思想に由来しています。具体的には、儒教や仏教、道教などの伝統的な哲学体系の中で発展してきました。
儒教と言えば孔子の「論語」が有名ですが、渋沢栄一のファンである私は、(株)コーチビジネス研究所のホームページで、渋沢栄一の『論語と算盤』や『実験論語処世談』を取り上げ、2021年7月~9月にかけて、8回シリーズでコラムを書いています。その5回目では、渋沢栄一が捉える「智・情・意」を引用してみました(渋沢は「知」を「智」の字をあてている)。
渋沢栄一の「智・情・意」を紹介します
まず「智」とは、人にとってどのような働きをするのだろう。人として知恵が十分に発達していないと、物事を見分ける能力に不足してしまう。たとえば、物事の善悪や、プラス面とマイナス面を見抜けないような人では、どれだけ学識があったとしても、良いことを良いと認めたり、プラスになることをプラスだと見抜いて、それを採ることができない。学問が宝の持ち腐れに終わってしまうのだ。この点を思えば、知恵がいかに人生に大切であるかが理解できるだろう。
しかし、「智」ばかりで活動ができるかというと、決してそうではない。そこに「情」というものがうまく入ってこないと、「智」の能力は十分に発揮されなくなってしまう。
たとえば、「智」ばかりが膨れ上がって情愛の薄い人間を想像してみよう。自分の利益のためには、他人を突き飛ばしても、蹴飛ばしても気にしない、そんな風になってしまうのではあるまいか。もともと知恵が人並み以上に働く人は、何事に対しても、その原因と結果を見抜き、今後どうなるかを見通せるものだ。このような人物に、もし情愛がなければたまったものではない。その見通した結果までの道筋を悪用し、自分がよければそれでよいという形で、どこまでもやり通してしまう。この場合、他人に降りかかってくる迷惑や痛みなど、何とも思わないほど極端になりかねない。そのバランスの悪さを調和していくのが、「情」なのだ。
「情」は一種の緩和剤で、何事もこの「情」が加わることによってバランスを保ち、人生の出来事に円満な解決を与えてくれるのである。もしも人間の世界から「情」という要素を除いてしまったら、どうなるだろう。何事も極端から極端に走って、ついにはどうしようもない結果を招いてしまうに違いない。だからこそ、人間にとって「情」はなくてはならない機能なのだ。
しかし、「情」にも欠点があって、それは瞬間的にわきあがりやすいため、悪くすると流されてしまうことだ。特に、人の喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、愛しさ、憎しみ、欲望といった七つの感情は、この引き起こす変化が激しいため、心の他の個所を使ってこれらをコントロールしていかなければならない。感情に走りすぎるという弊害を招いてしまう。この時点で「意志」というものの必要性が生じてくるのである。
動きやすい感情をコントロールするものは、強い意志より他にはない。だからこそ、「意」は精神活動の大本ともいえるものだ。強い意志さえあれば、人生において大きな強みを持つことになる。しかし意志ばかり強くて、他の「情」や「智」がともなわないと、単なる頑固者や強情者になってしまう。根拠なく自信ばかり持って、自分の主張が間違っていても直そうとせず、ひたすら我を押し通そうとする。
もちろん、こんなタイプも、ある意味から見れば尊重すべき点がないでもない。しかし、それでは一般社会で生きる資格に欠け、精神的に問題があって完全な人とはいえないのだ。強い意志のうえに、聡明な知恵を持ち、これを情愛で調節する。さらに三つをバランスよく配合して、大きく成長させていってこそ、初めて完全な常識となるのである。
『論語と算盤(現代語訳・守屋淳/ちくま新書(同書66ページ~)』
なお、新1万円札が発行された今年の7月3日に渋沢栄一を総括するコラムも書いています。一読いただけると幸甚です。
渋沢栄一の「智(知)・情・意」は、ITによる世界の激変がまったく想像できなかった明治~大正時代の視点です。その「知・情・意」を萩本順三さんは、ITエンジニアリングの手法を用い、現代のテクノロジー(DX)と融合させている。これこそが「匠Method」の本質なのではないか… と、私は腹落ちさせています。
講演の後半は「匠Method」の実践が語られます
続いて講演のテーマは「価値モデルによる知情意思考の原理」に移ります。実践編です。ここで冒頭の「プロフィール」に目を転じてください。「匠Method」をコアにおいた新たな「ソフトウエア工学体系…SE4BS」が紹介されています。
スマートなビジュアルが満載された素晴らしい解説書です。その中にある「価値駆動開発 実践トライアル編」を中心に萩本さんは、解説されています。
講演の際に使われたパワーポイント資料からもいくつか紹介させていただきます。
講演の時間も残り少なくなってきました。「匠Methodの深層にあるもの…」で、紹介いただいた「フィロソフィ」のスライドです。
そして最後は「感性」と「美意識」です。
講演が終わりました。残りは15分。質疑応答タイムです。経営者である廣器会メンバーから活発な質問が飛び出します。その一つを紹介します。
みんなで「嬉しい、嬉しい」ってやるんです!
……人間って言っていいのか、日本人って言っていいのかわからないんですけど、自分自身のことって全然わかっていないな、と感じるんですね。普段そういうことを考えずに、時間も全然持てていないので…この「匠Method」を使うと、自分の心の中にあるものが、浮き上がってくるのかなあ…そんな感じがしました。
おっしゃる通りだと思いますね。私がこの「匠Method」で一番目指していること、やりたいことは「自分を取り戻す」ということなんです。一人ひとりが……
「自分の意」を持って「みんなの意」と合わせて「集合意志」を形成する。これは強いです。人は本を読んだりして影響を受けます。もともと「意」を持っていない人も「自分」になっていくんですよ。もともと「自分」だと思っている人も、そうやって変わっていくんです。
知と情は学ぶことで身に付ける受動的なものですが、意は受動的と能動的な特性を持っているように思います。つまり意は、人や経験から学ぶこともでき、もともと持っている天性のものなのかもしれません。それだけ人間として尊いものだと思っています。
私の意は、親や日本の習慣から学んだかもしれない。しかし、もともと自分が持って生まれた使命だと思い込もう、と考えるようになりました。それにより、命が尽きるまで追い求めることができるし、何より楽しい人生になるんじゃないかな、と思うからです。自分は何者なのか…ということを取り戻すということが、日本人はやれていないし、会社にとっても自分を取り戻してほしいなあ、と思っているんです。
それなりに売上、利益は出ているかもしれない。でも、「いったいこの会社は何を目指すのか」ということが曖昧だったりすることがあるかもしれません。そういうことを閉じ込めてしまう文化というものが、日本にはあるのかもしれない。だから「匠Method」は価値の言葉を書くことから始めます。思いつかなかったら「楽しい」でいいから書いて。「嬉しい」って書いてみてください、って言っています。
三菱電機で10年間、アーキテクトを目指す人達に「匠Method研修」を続けているんですが、メンバーから「萩本さん、嬉しい、嬉しいって書いていたら、本当に嬉しくなってきますね」、って言われるんですよ。(一同大笑い)
仕事で「嬉しい、嬉しい」とは、言わないですよね。「匠Method」は、みんなで「嬉しい、嬉しい」ってやるんです。自分たちを取り戻して、自分たちがいるからこのプロダクトは成長していくんだ、ということです。結局、プロダクトの意志とか、プロダクトのビジョンというのは、自分たちの心を捧げているというか、イコールなんですよ。
萩本さんの熱き言葉が続きます。でも萩本さんは自然体です。穏やかな表情そのままのスタイルで、私たちに語りかけてくれます。
「よりよい社会」を創っていくためにこの「匠Method」を広げていきたい。「匠Method」はオープンな手法ですから、だれが使ってもいいんです。この「匠Method」によって自分自身を取り戻していただき、かつそれが「知・情・意」となって、未来の社会をデザインできる人たちを増やしていきたいと思っています。
一人ひとりが「自分の考えはこうです」って、言えるような組織がどんどん増えていく。そういう世界を広げていって、レベルアップさせていきたいな…というイメージです。
萩本順三さん、ほんとうにありがとうございました!
坂本樹志
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レポーター紹介
坂本 樹志
株式会社コーチビジネス研究所 取締役 CBL認定コーチ 中小企業診断士
広島県出身。大学卒業後、大手化粧品会社に入社。財務、商品企画開発、販売会社代表取締役、新規事業開発、中国上海・北京駐在、独資2社設立し総経理等を歴任。その後CBL認定コーチとなり、エグゼクティブコーチとして活動開始。『カウンセリング&コーチング クイックマスター(同友館)』『格闘するコーチング(かんき出版)』など著書・執筆多数