~正解のない判断を、自分の言葉で引き受けるために~
<第22回「廣器会」講演会レポート>

開催日時 2026年1月8日(木)18:30~20:00(懇親会 20:00~22:00)
開催場所 (株)コーチビジネス研究所 飯田橋セミナールーム + オンライン
2026年1月8日。 廣器会の会場には、いつもより少しだけ背筋の伸びた空気が漂っていました。 3年目を迎える「廣器会」の今年は、どんな学びが待っているのだろう・・・ そんな静かな期待が、参加者の表情からうかがえます。
第22回目の講演は、第6回にも登壇いただいた伊藤義訓さんです。 アサヒビール株式会社の常務取締役を歴任された後、「 I TOアイ工房合同会社」を設立され、併せて「日本エグゼクティブコーチ協会(JEA)」の会長を兼務されています。「生ジョッキ缶」という開けるだけでクリーミーな泡が自然発生し、家庭で飲食店のジョッキで飲むような体験ができる画期的な商品の開発や、アサヒビールが提言する「スマートドリンキング」を推進されたキーパーソンです。
<伊藤さんのプロフィール>
講師紹介
伊藤 義訓
Ito Yoshinori
ITOアイ工房合同会社代表
元アサヒビールマーケティング部長
アサヒグループホールディングス顧問
生ジョッキ缶導入の責任者
1989年 東京大学農学部農学系研究科博士課程修了
1989年 アサヒビール入社研究所で商品開発実務
1996年 名古屋工場赴任
1999年 研究所ビール開発部長
2000年 マーケティング部(本生でアサヒビールシェアNo1に)
2006年 生産本部生産技術開発センター:全社横串で生産技術開発統括
2015年 研究開発本部長
2016年 執行役員
2017年 取締役
2018年 常務取締役(生ジョッキ缶でイノベーション実現)
2019年 アサヒグループホールディングス執行役員(イノベーション担当)
2024年 アサヒグループホールディングス役員室顧問 現職
経団連副会長・小路会長支援(博士人材活用策)
2024年4月 副業としてIToアイ工房合同会社起業 対人支援業務
知性に溢れ…でも、とても柔らかく静かに語られるその声音は、私たちの内面に、そっと「問い」を置いてくれます。今回のテーマは、 「思考OSのアップデートとBeing(あり方)の滋養」。 前回の講演で提示された「概念」を、さらに深く掘り下げる内容でした。
伊藤さんは冒頭で、次の言葉を投げかけます。
「今日、皆さんに持ち帰ってほしいのは“答え”ではなく、“問い”です。」 「答えを示してくれる講義」ではなく、「問いを持ち帰る場」。 廣器会らしい、深い学びの時間がスタートします。

1. 経営判断の本質──知識から「軸」へ
伊藤さんはまず、経営判断の難しさについて触れます。「経営とは、正解のない判断の連続である。情報を集め、意見を聞き、数字を揃えても、最後の決断は自分で下さなければならない。」伊藤さんは、アサヒビールでの新規施策の際に「最後の一手が決められないジレンマ」を、何度も経験されたとのこと。
「その背景には、判断の前提が曖昧であることがあります。知識が増えるほど判断が正確になるわけではなく、むしろ迷いが増えるのも現実です。そこで必要なのが『軸』なんです。『軸』とは、価値観であり、優先順位であり、判断の基準です。知識の量ではなく、軸の明確さが判断の質を左右するんです。」
伊藤さんは、「知識の獲得から、自分の軸の確立へ」という学びの転換が必要だと強調します。
2. 思考OSとは何か──無意識の前提を見直す
「思考OSとは、私たちが無意識に持っている判断の前提のことです。会議で意見が割れたとき、投資判断で迷ったとき、私たちは、考えて決めているように見えて、実際にはその前提によって方向性がほぼ決まっているんですね。」
「特に注意すべきは、過去の成功体験が制約条件になってしまうということ。成功体験は本来“武器”であるはずですが、環境が変わると“疑われにくい前提”となり、判断の柔軟性を奪います。」
伊藤さんは、「過去の成功体験ほど、OSのアップデートを妨げるものはない」、と力説します。
OSのアップデートとは、
- これまで正しいと信じてきた判断基準を問い直し
- 自問自答を通じて新しい視点を獲得し
- 自分の思考の前提に名前をつける という作業である。
単なる学習ではなく「思考の再構築」…これが私たちへのメッセージでした。

3. Being(あり方)の滋養─判断の最後の拠点
伊藤さんは、Beingを「最後の拠点」と表現します。「知識やスキルが通用しない局面で、何を大切にし、何を捨てるのか。その選択を支えるのはスキルではなく、自分自身の在り方である」、と。
Beingとは、
- 自分は何を大切にするのか
- どんな価値観で判断するのか
- どんな人間でありたいのか といった深いレベルの問いである。
「思考OSによって“見え方”を変え、Beingによって“引き受ける土台”を固める。この両輪が揃って初めて、判断の質と強さが生まれるんです。」
4. 教育の転換─Knowing/DoingからBeingへ
「ハーバード・ビジネス・スクールでは、教育の重心がKnowing(知識)/Doing(実践)からBeing(あり方)へと移行しています。人気科目は「オーセンティック・リーダーシップ」や「1on1コーチング」など、内面の探求を中心としたものに変化しています。」
知識・実践・価値観の統合的成長には、
- インプット
- 現場応用
- 内省 の同時進行が不可欠であり、「コーチング」がその橋渡しとなる。
伊藤さんご自身も、アサヒビールの体験を振り返り、「個人技で成果を出したが、組織に定着させる仕組みがなかった」、と語ります。その後……
「コーチングとリベラルアーツ」を学び、「人の成長は、知識ではなく“あり方”から始まる、という確信を得た!」
と、「日本エグゼクティブコーチ協会」の会長職である伊藤さんの『志』が迫ってきました。

5. AI時代に人に残る判断と責任
「AIは分析や選択肢提示には有用ですが、優先順位付け、リスク許容、責任引き受けといった『正解のない判断』は人間の領域です。AIが高度化するほど、人間のBeingとOSが問われる時代になります。確実に。」
伊藤さんは、「AIが答えを出してくれる時代だからこそ、『答えのない領域』での判断力が重要になるんです」と、語ります。ここまで、伊藤さんの講演を聴き入り、ロジックの流れを受けとめた私たちは、「識者の多くが同様に訴えるこの言葉」が、深く染み入りました「本当にその通りだ!」という、実感とともに。

6. コンプライアンスのグレー領域─
「合法だがおかしい」を見抜く力
「法令違反の有無は対処可能ですが、『合法だがおかしい』という領域を見抜く力が不足しているのが現代です。最近の不祥事の多くがこの領域に該当します。」
経営者は、
- 社会的妥当性
- 倫理的妥当性
この2つを、同時に評価する枠組みを持つべきであり、OSとBeingの強化が不可欠である。
7. 三つの理論の統合──ジョブ・情念・共感
伊藤さんは、クリステンセン、ヒューム、アダム・スミスの三つの理論を統合し、判断のOSを立体的に理解する枠組みを提示されました。

① ジョブ理論(クリステンセン)──When/Where
顧客が特定の状況で片付けたい「ジョブ」のために製品・サービスを雇用する。属性訴求よりも、ジョブ適合が重要。
② 情念(ヒューム)──Why
「理性は情念の奴隷である」。判断の主因は感情であり、怒りや恐怖に汚染された動機は失敗のリスクを孕む。
③ 共感(アダム・スミス)──How to judge
「心の中の第三者(impartial spectator)」に照らして妥当性を点検する。外部評価(第一審)と内なる声(第二審)のバランスが鍵。 この三位一体の枠組みにより、顧客中心のOSを更新し、スペック偏重から世界観設計への転換が可能になる。
8. ディスカッションと事例共有─
「合理/非合理」・「外部評価(第一審)/
内部評価(第二審)」

講演では複数回のグループディスカッションが行われました。参加者は「合理/非合理」・「外部評価(第一審)/内なる声(第二審)」の観点から、自身の判断を振り返ります。
主な示唆
- 数値で語る慣行の限界
- 後付け合理化の罠
- 転職・独立・組織変更・倫理的離脱などの意思決定における情念の役割
- 医療現場のジレンマから「誰が顧客か」を再定義する重要性

ここで伊藤さんはご自身の入院体験を語られます。「日本エグゼクティブコーチ協会(JEA)」のメールマガジンでも、このことを紹介されています。引用させていただきます。
今日のコラム 「あなたのお客様は誰ですか?-
対話が人を支える瞬間」
昨年末に入院し、全身麻酔の手術を受けました。 ICUで目が覚め意識が戻りかけた時、看護師の方が静かに声をかけてくれました。言葉を交わせるようになった頃、私はいつも大切にしている問いを投げかけました。
「あなたのお客様は誰だと思いますか?」 彼女は少し考え「患者さんです」と答えました。迷いのない真剣な表情でした。 けれど、続けてこう打ち明けてくれました。「でも実際は、医師や婦長の判断を優先してしまって、本当に患者さん第一で動けているのか悩むことがあります」
私は、感じたことを率直に伝えました。 「あなたは患者さん第一で行動していると感じました。これからも、その姿勢でいてください」 すると彼女は言葉を詰まらせ、涙をこぼしました。 「本当はもっとお話ししたい。でも、早く良くなってほしいから……」 その言葉から、彼女がどれほど深く患者を思っているかが伝わってきました。
さらに話す中で、彼女は「周りの期待より、自分の意思を大事にしたかった」と看護師になった理由を教えてくれました。 私は、アダム・スミスの『道徳感情論』にある「心の中の第三者」の話をしました。他人の評価ではなく、自分の内なる声に照らして行動すること。それが、つらい状況でも踏ん張る力になるのだと。
この対話は特別なコーチングではありません。けれど、問いを立て、受け止め、意味づけを返す。その営みが人を支える力になることを改めて実感しました。
新しい年の始まりに、皆さんも自分自身に問いかけてみてください。 「自分のお客様は誰なのか」 その問いとの対話が、今年の行動の軸を静かに形づくってくれるかもしれません。
なお、おかげさまで体調はすっかり回復し、万全の状態で仕事に向き合っています。どうぞご安心ください。
9. リーダーシップ観と第三者視点
ここで伊藤さんが語られた主旨は、「マキャベリズムと徳倫理のバランスをとりながら、第三者視点で自己正当化を抑制し、妥当性を確保する。組織階層が強い環境でも、コーチングと対話が内なる観察者の声を強め、制約下での最良行動を支援する。」という内容でした。
10. 終わりに──違和感を言語化する
伊藤さんは最後に、「言葉にできない違和感が残ったなら、それを自分の会社の文脈で一度だけ言葉にしてみてください」と、「問」を投げかけます。「合理/非合理」・「外部評価(第一審)/内部評価(第二審)」という視点が、私たちに自問自答を促します。
「廣器会の本質は、知識を持ち帰ることではなく、問いを持ち帰ること」にあります。参加者一同が共有するテーゼです。今回の講演は、その姿勢を改めて確認する時間となりました。

伊藤義訓さん、ありがとうございました!
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レポーター紹介
坂本 樹志
株式会社コーチビジネス研究所 顧問 CBL認定コーチ 中小企業診断士
広島県出身。大学卒業後、大手化粧品会社に入社。財務、商品企画開発、販売会社代表取締役、新規事業開発、中国上海・北京駐在、独資2社設立し総経理等を歴任。その後CBL認定コーチとなり、エグゼクティブコーチとして活動開始。『カウンセリング&コーチング クイックマスター(同友館)』『格闘するコーチング(かんき出版)』など著書・執筆多数
WEB構成
水野 昌彦
アイデアルブランズLLC 代表 ブランド・デザイナー 中小企業アドバイザー
美大卒業後プリンター・電子機器メーカー、独立デザイン事務所を経て自動車メーカーデザイン部でカーデザインに従事、エンブレムデザイン全般担当を契機としてブランディングに深く関与。ブランド体系構築をリーディング。2021年独立・法人化、代表に就任。「かんがえ方のデザイン」を提唱し中小企業のブランド・デザイン振興を支援している。
撮影
Jin-hitomi
インフラ系会社の購買部門で契約業務の他、経理・総務を歴任。日商簿記2級、ビジネス法務2級
パラレルキャリアで人物写真撮影(イベント、スナップ、スタジオ)、西洋占星術、ダンス(ヒップホップ、ロックダンス)など★魂の煌めきを照らす仕事★で元気とパワーを届けている。












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