「行間を読む前に、まず書かれていることを見る~石野竜三さんが語った「人を理解する」ということ~

── 声優・俳優の石野竜三さんをお招きして ─

<第31回廣器会レポート>

開催日時  2026年9月10日(木) 18:30~20:00(懇親会 20:00~22:00)

開催場所 (株)コーチビジネス研究所 飯田橋セミナールーム + オンライン

第31回の廣器会は、石野竜三さんを講師にお迎えしました。最初にプロフィールを紹介させていただきます。

■石野 竜三さんプロフィール

俳優・声優・歌手・演劇講師・舞台演出家・脚本家。
13歳でギターの弾き語りを始め、歌手を目指すも、YAMAHA主催のポップコン終了を機に挫折。研究者を目指して東京農業大学に進学するも、20歳で声優の養成所に通い始め、25歳で俳優・声優としてプロデビュー。
2012年より、講談・落語・浪曲に続く「第4の一人語り芸」として、【語り芝居】を世に定着させることをライフワークに活動中。

【主な出演作品・活動】
・「新機動戦記ガンダムW」張五飛
・「戦国BASARA」長曾我部元親
・「マペットシリーズ」ジャニス、リゾ
・「きかんしゃトーマス」ソルティー、デン
・「デュエルマスターズビクトリー・シリーズ」ぶっちゃけ
・NHK教育「おかあさんといっしょ・あそびだいすき」遊び歌担当
・FC東京 初代スタジアムDJ など

声優・俳優として長年活躍され、現在は後進の育成にも力を注いでおられる石野竜三さん。実は、講演が始まるまで、私は「声優という仕事の話」を聞くのだと思っていました(声優という仕事にとても興味があるので)。ところが、お話が進むにつれて、それは少し違うのだと気づかされます。語られたのは役者という仕事の話でありながら、その奥には「人はどう生きるのか」「人を理解するとはどういうことなのか」という問いが静かに流れていたのです。

一人で過ごした少年時代

石野さんは幼稚園の頃、「自閉症ではないか」と周囲から心配されたそうです。いつもすみっこで一人遊びをしている。誰とも交わろうとしない。心配した先生たちは、お母さまに何度も相談したそうです。しかし、お母さまは強く石野さんを守ります。そのおかげで石野少年は「問題のある子」として扱われることなく、その時代を通り過ぎることができたのですね。

小学校に入っても状況は大きく変わりません。友人らしい友人はいなかった。学校は大嫌い。宿題もほとんどやらない。学校の門を出れば、その日にあったことはきれいさっぱり忘れてしまう。現在の穏やかな語り口からは想像しにくいのですが、石野さんは、「なんとなく生きていてもしょうがない」という感覚を、小学生のころから持っていたそうです。その頃の石野少年は、自分の居場所も、生きる理由も見つけられずにいたのです。

嫌いな秀才との出会い

人生とは不思議なものですね。転機は、思いもよらない方向からやって来ました。中学時代、石野さんには大嫌いなクラスメートがいました。県内有数の進学校を目指す秀才で、1年間ほとんど口をきいたこともなかったと言います。ところが卒業式準備の日、二人は偶然会話を交わす。なぜ話をしたのかは今もよくわからないそうです。しかし、その日を境に距離は縮まり、やがてバンドを組む話へと広がっていきます。そして石野さんはギターと出会います。それまで何をやっても夢中になれなかった少年が、生まれて初めて心から好きになれるものを見つけた瞬間でした。

家に帰ればギターを弾く。音を出すことが楽しい。歌うことが楽しい。やがて人前で演奏することも楽しくなる。石野さんは、この時期を振り返りながら、「これがあるうちは、生きていたいと思えた」と語ります。

人生を変える出会いは、恩師や親友がまずイメージされますが、むしろ最初は理解し合えなかった相手が、新しい扉を開いてくれることもある。考えてみれば、もともと嫌いな相手が好きになっていくプロセスこそ、その人の内面の変化が増幅されるということですね。人は先入観によって人生の幅を狭めているのかもしれません。

ギターから歌へ、歌から声へ

やがて石野さんは、自分が本当に好きなのはギターではなく歌うことなのだと気づきます。高校では合唱部に入り、声楽を学ぶようになる。当時、ヤマハのポピュラーソングコンテスト、いわゆる「ポプコン」を目標に描きます。ポプコンで優勝すればプロデビューへの道が開ける。多くのミュージシャン志望者がその舞台を目指していた時代です。ところが、そのポプコンがなくなってしまう。目標を失った石野さんや仲間たちは、途方に暮れます。

目の前に見えていた道が突然消えてしまう。何を目指していいかわからなくなる。

興味深かったのは、その後の進路です。私は勝手に音楽一筋の人なのだと思っていました。ところが石野さんは東京農業大学へ進学します。理由は科学が好きだったから。DNA研究に興味を持ち、その世界を学びたいと思ったとのこと。これまでの話からは、科学少年の姿がほとんど見えてこなかったので、「あれっ?」という意外な感を覚えました。人生は一本の線ではない…これこそが本質なのかもしれません。

石野さんの1時間半の講演を振り返った時、前半でさまざまの伏線が配置され、それがだんだんと回収されていく。目覚めていなかった才能が伏流水のごとく流れ、それが徐々に顕在化していく1つの物語でした。

音楽は感性、科学は論理。一見異なる二つの流れは、石野さんの中では違和感なく共存していたのです。

「好きなら仕事にしてしまえばいい」

二十歳の頃、もう一つの転機が訪れます。石野さんはアニメが好きでした。漫画も好きだった。ゲームも好きだった。しかしある日、ふと思います。

「大人になってもアニメや漫画が好きと言っているのは格好悪いのではないか」。世界に通用する最大のコンテンツとなった現代の感覚からすると少し意外にも聞こえます。好きなものはやめられない。その悩み方には妙な切実さが伝わってきました。

「だったら仕事にしてしまえばいい」。そう考えて声優学校へ入るのです。そして芝居を学び始める。ところが今度は舞台が面白くなってしまう。

振り返ってみると、「ギター」→「歌」→「合唱」→「声楽」→「アニメ」→「演劇」…それぞれ異なる出来事であったようで、一本の線で結ばれている印象です。そして「声」がその中心にあったのでは…という想像が、石野さんの人生から伝わってきました。

人の心を声によって表現したい。その衝動が、石野さんをずっと導いてきたように思えます。私には、石野さんの本質は役者というより、むしろ芸術家なのではないかと感じています。外側の流行や評価によって生きるのではない。まず自分の内側にある世界に誠実である人。そんな印象です。

感覚を言葉に変えていく

講演の後半に入り、話は演技論へと移っていきました。しかし、それは私たちが想像するような「芸能論」ではなかったのですね。石野さんは、生徒に演技を教える立場になった頃の失敗談を語ります。最初の頃、若い生徒たちは自分の話を聞いてくれない。それもそのはずです。有名な声優に憧れてやって来た若者たちから見れば、石野さんは突然現れた無名の先生にしか見えなかったからです。そこで石野さんは考えます。ただ感覚で語っても伝わらない。理屈で説明しなければ生徒には伝わらない。

なぜその訓練をするのか。どんな効果があるのか。それによって何ができるようになるのか。そこを説明しなければ人は納得しない。芸事の世界は感覚に頼りやすい。しかし石野さんは、その感覚を言葉に変えようとします。論理化を試みます。

話を聞きながら、私は世阿弥の『風姿花伝』を想起しました。教科書に必ず登場する本であり、「哲学、思想が書かれているのだろう」との思いで手に取ります(若い頃)。読んでみると…とても分かりやすいのですね(現代語訳ですが)。「これは能という仕事に関するマニュアル本だ」、という意外感です。後半は、『風姿花伝』を彷彿させるような石野さんの「芸事論」でした。

本当に深いところまで到達した人ほど、不思議なほど言葉を大切にし、平明になっていく。石野さんの話にも、共通するものがある…そんな思いを抱くことのできた講演でした。

「役作り」という言葉が嫌い

今回のお話で、私が最も興味を惹かれたのは「役作り」に関する考え方でした。石野さんは、「役作り」という言葉があまり好きではないと言います。

役を作るのは役者ではなく作家である。作品が完成した時点で、その人物は既に存在している。役者が勝手に人物を作ってしまったら、それは別人になってしまう。役者は媒体である。

この視点はとても刺激的でした。ただし一方で、私は少し引っ掛かるものも感じたのですね。私は太宰治が好きで、コラムでもいくつか取り上げています。『新ハムレット』は、太宰が「これは、謂わば LESEDRAMA ふうの、小説だと思っていただきたい」と、書いているように「脚本形式の文学作品」です。したがって、実際に「お芝居」としてもたくさん演じられています。太宰は「戯曲・演劇」にとても興味があったようで、『走れメロス』にもそれが感じられます。つまり「ト書き」を感じさせる表現が随所に登場するのですね。私は少し興味を覚え、「ト書きのあるなし」という視点で、同じくコラムにしてみました。

台本のト書きを外して会話だけで読んでみると…太宰が描こうとしていた世界は、ト書きがなければ表現しきれないように感じられたのです。もし、この「ト書き」を省略した作品として太宰が発表したならば、王(暴虐の王と象徴化させた)の真意は最後まで“よく分からない”作品となったでしょう。

石野さんの言葉に戻ります。台本によっては、この「ト書き」があまり書かれていない作品もあるのではないか…という想像です。そうなると、役者は、否が応でも想像力を働かせて、読み込まなければならない。つまり、台本によっては役者に解釈が委ねられているケースもあるように感じたのです。そこで私は、率直に質問させていただきました。

(私の質問)

作家が書かれた台本があって、それを、行間を読まないで文字に書かれている事だけを受けとめる、勝手に解釈をしない…とおっしゃいましたけど、有名作家さんですからその内容は、読んですぐ理解できるというものではないのでは、と想像します。文字を追うだけで、その深い世界を共有できるのか? 作家と同じ世界に入ることができるのか? 言い換えると、「東京大学の国語の問題で、百点取れるっていうことかな?」って感じるんですね。

すると石野さんは、実に丁寧にフィードバックを返してくれました。

(石野さんの回答)

「行間を読まないというのは、最初の話で、最初にその作品と出会った時に、最初から行間を読もうとしてしまうと、読み間違えてしまうリスクが高くなるから、しない方がいいですよ、という話であって、行間を読んではいけないという話ではないんです。なので、行間を読むこと自体が悪いわけではないんです。ただ、その書かれていないことを、勝手に最初から補ってしまうと、違う解釈をしてしまう可能性が生じます。

例えば作品というのは、小説でも脚本でもそうなんですけど、完成という形で世の中に出た時には、原則、そこには過不足はないということを前提に考えるんですね。つまり、必要なことがすべてそこに書かれているはずだ。だから作家は筆を置いたのだろう。私は、そこに書かれていることを、人ベースあるいは場所ベースで仕分けていきます。

「誰が何を言ったのか」、「何をしたのか」、「どういう行動を取ったのか」。それを洗い出していくと、その人の意思や価値観が見えてくる。

「何が好きなのか」、「どうなりたいのか」、「何をしているのか」、それが役の『今』を表しているんです。人というのは揺れ動いている存在です。静かな人でも大声を出すことがある。明るい人でも泣くことがある。その揺れ方を追っていくと、その人の人となりが見えてくる。

私はオーディオブックの仕事もしますが、その役が話している部分だけではなく、その人について他人が語っている箇所まで全部拾います。そうすると、この人はどういう人なのかが見えてくる。まず、書かれていることから判断するんです。もちろん複数の解釈が成り立つこともあります。ですが、他の役やシチュエーション、時代背景、文化などを全部突き合わせていくと、可能性はかなり絞られてくるんですね。そこまで考えて読んで、これは解釈ではなく、ここから言えることだよなと確認しながら、最終的に表現へ持っていく。

表現というのは、メッセージが正しく伝わればいい。方法論は必ずしも一つじゃない。違うやり方でも、正しく伝わるならあり得る。そこには表現者の裁量があります。原作者の方から『自分の想定とは違うけれど、こっちの方がいいね』と言われたこともあります。そういうこともあるんです。

石野さんは、「想像するな」と言っていたのではなかった。「想像を急ぐな」ということでした。まず事実を見る。まず観察する。人物が何を語ったのか。どんな行動をとったのか。周囲の人が何を語っているのか。そこまで積み上げてから行間へ入る。それは驚くほど論理的な作業です。

私は演技論を聞いているつもりでしたが、いつの間にか「人間理解の方法論」を聞いているような感覚が兆していきました。

クリント・イーストウッドで腑に落ちたこと

そして講演の終盤、私の疑問は完全に解消されます。石野さんは、表現者には二種類いると言います。職人的な人。芸術家的な人。役者は基本的に職人である。一方で脚本家や演出家、監督はアーティストである。なぜなら、作品のメッセージそのものに手を加える人ですから。そこで登場したのがクリント・イーストウッドでした。

俳優として出演している時のイーストウッドは職人である。しかし監督として作品を創っている時のイーストウッドは芸術家になる。

この話を聞いた時、私の中に残っていた小さな違和感は完全に消えます。「役者は創造性を持たないのではない。作品に奉仕するために創造性を使うのだ」、と。

おわりに

今回のお話は、声優論でも演劇論でもありませんでした。人を理解するとはどういうことか…そんな問いをめぐる時間だったように思います。

「書かれていないことを想像する前に、まず書かれていることを見る」、「感情を見る前に、その奥にある意思と価値観を見る」。

それは役者のためだけの話ではないですよね。私たちが日常で人と向き合う時にも、同じことが言えるのではないでしょうか。一人の役者の半生を聴きながら、私はいつの間にか「人を見るとはどういうことか」を考えていました。そんな静かで芳醇な時間でした。

石野竜三さん、ありがとうございました!

<受講者アンケート紹介>

皆さんこんにちは、WEB担当のまさっちです。今回もリアル参加された参加者さんにアンケートを取りました。このコラムではその結果を一部紹介したいと思います。

講演内容への共感と学び: プロの語り手ならではの視座や、感情、職人とアーティストに関する考察が興味深く勉強になったという声が多く寄せられました。

役者のアプローチへの興味: 台本の読み解き方や役との向き合い方、役考察の話を垣間見ることができ、ビジネスやコーチングの観点とつながる部分があるとの感想が挙げられました。

Aさん

感情のお話、職人とアーティストの話が面白い考察で勉強になりました。

Bさん

石野さんの論理立った説明が非常に分かりやすかったです。
役者は人を深掘りしていくといったことから、深掘りした結果として論理立ったお話になっているのかなと勝手に思いました。

Cさん

「”役づくり”という言葉は好きじゃない」と石野さん。役はつくるのではない。役に”なる”ことだと。(意訳)ビジネスの要諦「顧客になりきる」ことに通ずるものあり至極納得です。ありがとうございました!

Dさん

石野さん、講演ありがとうございました。
ビジネスの中でも人との関わりがある中で、今日のお話が色々と役に立ちそうと思いました。気づきをありがとうございます。

Eさん

台本の”行間を読まない”という教えやアーティストとアルチザン、”表現者”のちがい、共感することの大切さ、等々、刺激に満ちたお話でした。ありがとうございました!

***

次回廣器会は・・・

「一即多、多即一」
〜二元論を超えて、物事の本質を捉える〜
-廣器会#32-

伊藤 義訓 氏

今回の廣器会では、伊藤義訓氏を講師にお迎えし、「一即多、多即一」をテーマにお話しいただきます。
私たちは日常の中で、物事を「正しいか、間違っているか」「善か、悪か」「自分か、他者か」といった二元論で捉えがちです。

しかし、世の中の出来事や人間の営みは、それほど単純に割り切れるものではありません。

「一即多、多即一」

一つのものの中に多様なものが存在し、多様なものが互いにつながり合いながら一つの全体を形づくっている。
この考え方は、私たちの人間観、組織観、そしてリーダーシップにどのような示唆を与えてくれるのでしょうか。
対立するものを分けて考えるのではなく、違いを認めながら、その奥にあるつながりや全体性を見つめる。
今回の廣器会では、伊藤氏のお話を通して、二元論を超えた思考のあり方と、人や組織をより深く理解するための視座を探究します。
経営やマネジメントに携わる方はもちろん、人間や社会の本質について考えを深めたい方にも、ぜひご参加いただきたい内容です。

■講師

伊藤 義訓(いとう よしのり)氏
農学博士
コーチビジネス研究所 アソシエイトコーチ
日本エグゼクティブコーチ協会 会長
日本ソムリエ協会 認定ソムリエ
私は博士課程を修了後、アサヒビールに入社し、研究部門からスタートしつつ、生産、マーケティングなどの多岐にわたる部門で重要な役割を担ってきました。これらの経験を通じ、部門や専門領域を越えた視点の広さと「越境する力」の重要性を体得してきました。 直近では、生ジョッキ缶の開発・発売に携わり、この画期的なプロダクトを市場に送り出すことで業界に新たな価値を創出しました。この成果は、私のキャリアにおける一つの集大成であり、多くのチームメンバーとともに未来を切り拓いた成功事例でもあります。 役員退任を機に新たな挑戦を模索し、コーチングに出会った私は、これまで重視してきたティーチングを超えた、新しい可能性に目を開かされました。内省と自己対話を基盤とするコーチングの力は、個人や組織が変化の波を乗り越え、真に持続可能な成長を遂げるために不可欠です。 私はこれまでのキャリアと知見を基盤に、コーチングの重要性とその価値を一人でも多くの人に届ける使命を担っています。そして、現代の複雑な課題に立ち向かうリーダーやチームが、自らの潜在力を解き放つサポートをしていきたいと考えています。

■経歴

1989年3月 東京大学農学部農学系研究科博士課程修了
1989年4月 アサヒビール入社 研究所で商品開発実務
1996年9月 名古屋工場
1999年9月 研究所ビール開発部長
2000年9月 マーケティング部(本生でアサヒビールシェアNo1に)
2006年9月 生産本部生産技術開発センター:全社横串で生産技術開発統括
2015年4月 研究開発本部長
2016年3月 執行役員
2017年3月 取締役
2018年3月 常務取締役(生ジョッキ缶でイノベーション実現)
2019年3月 アサヒグループホールディングス執行役員(イノベーション担当)
2024年3月 アサヒグループホールディングス役員室顧問
副業としてIToアイ工房合同会社起業
対人支援業務
経団連副会長としての小路会長支援(博士人材活用策)
2025年3月 I TOアイ工房合同会社一本でスタート

■開催日時
2026年11月12日(木)18:30-20:00

■開催方法
リアル会場開催&オンライン同時開催

■会場
株式会社コーチビジネス研究所
東京都千代田区富士見1-3-11 富士見デュープレックスビズ702号室

■参加費 無料

■学びの会合終了後の懇親会を開催予定です。
懇親会は、3500円~4000円の参加費となります。

■お申込み
こちらのPeatixよりお願いします。

第32回学びの会合 (経営者のための廣器会)

https://peatix.com/event/5225517

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レポーター紹介

坂本 樹志

株式会社コーチビジネス研究所 顧問 CBL認定コーチ 中小企業診断士
広島県出身。大学卒業後、大手化粧品会社に入社。財務、商品企画開発、販売会社代表取締役、新規事業開発、中国上海・北京駐在、独資2社設立し総経理等を歴任。その後CBL認定コーチとなり、エグゼクティブコーチとして活動開始。『カウンセリング&コーチング クイックマスター(同友館)』『格闘するコーチング(かんき出版)』など著書・執筆多数

WEB構成

水野 昌彦

アイデアルブランズLLC 代表 ブランド・デザイナー 中小企業アドバイザー
美大卒業後プリンター・電子機器メーカー、独立デザイン事務所を経て自動車メーカーデザイン部でカーデザインに従事、エンブレムデザイン全般担当を契機としてブランディングに深く関与。ブランド体系構築をリーディング。2021年独立・法人化、代表に就任。「かんがえ方のデザイン」を提唱し中小企業のブランド・デザイン振興を支援している。

撮影

Jin-hitomi

インフラ系会社の購買部門で契約業務の他、経理・総務を歴任。日商簿記2級、ビジネス法務2級
パラレルキャリアで人物写真撮影(イベント、スナップ、スタジオ)、西洋占星術、ダンス(ヒップホップ、ロックダンス)など★魂の煌めきを照らす仕事★で元気とパワーを届けている。

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